21歳のあいだに変わったこと

一昨日、22歳になりました。
私にとって、「21歳」は特別な年だった。敬愛するミュージシャンの小沢健二は、その歳でバンド(フリッパーズ・ギター)を結成した。作家のブローティガンは、故郷をあとにして、もう二度と戻らなかった。私も21歳のうちになにかやろうと意味もなく焦って、結局、「なにかでっかいこと」をするだけの衝動や必然性がいまの自分にはないんじゃないかと思った。
この一年で明らかに成長した部分もあれば、まだまだダメで直さなきゃいけないところもある。いちばん成長したと思うのは、「成長」がなんなのか、わかったこと。何をもって「成長」とするのかわからなかったけれど、いまは明確に、「あらゆる意味での自立」という大前提のもと、そこへ向かっていけるように自分を変えることだ、と思う。
ようするに、自分の生きる軸が自分だけじゃなくなったのかもしれない。「自立」とかいっても、自給自足したいわけじゃない。「自立」とは、「生きるための糧をすべて自分でまかなうこと」ではなく、「生きるための糧をまかなう手段を自分で持つこと」だと思う。そこにはかならず他者がいるんだよね。私はそういう世界で生きていきたい。「社会人様ってすごいですね」じゃなくて、ただ、この世界で自力で生きてみて、なにかものを語れるようになりたい。それだけ。
かつては内的衝動みたいなものからひとり突っ走るようながんばりかたをしていた。そこから遠ざかっていることを、強く感じる。そういうふうにして学生時代が終わっていくのは、ちょっと寂しくもある。この21年間ずっと持ってきた、「ほんとう」とか「ほんもの」への志向は、なくしたくないと思う。

うちから大学まではだいたい13kmある。といっても運転する人じゃないとわからないと思うが、東西線でいうと吉祥寺〜早稲田間の定期券が要る。もちろんそういう距離じゃないんだけど、自転車通学をはじめて、もう4度目の冬が来た。
秋が深まって日が落ちるのが早くなると、いつもあのマンションのあの部屋に、ちょっとしたあかりが灯る。そんなこといつも忘れてるもんだから、視界に入ったときにはっとして、あたたかい気持ちになる。
そのあかりが、今年はみえなくなった。
賃貸マンションの契約期間は2年だから、住人が引っ越したのかもしれない。節電モードに乗っかっているのかもしれない。帰宅が遅くなったのかもしれない。電気代をけちるようになったのかもしれない。

時間や制度が状況を強制的に変えてしまうこともあれば、それ以外の要因が自発的になにかを変えてしまうこともある。そこに良い/悪いの価値判断はなくて、あるのはただ「状況が変わった」という事実だけだ。

たぶん私はこの一年で変わった。ひとことでいえば「社会化」された。というか、大学を卒業してから働いてお金を得るモチベーションを確実に得た。つまんないかな。人とのつきあいかたも変わった。「言われたことをそのまま受け取る」んじゃなくて、「相手がなぜいま私にこんなことを言ったのか」を考えながら、目の前にいる人に向き合うことが多くなった。まっすぐじゃないかな。
ピュアネスとか、それにくっついてくる向こう見ずさやラディカルさが、すり減ったのかもしれない。
ただ、私はそれをよろこばしい変化だと受け取っている。ピュアさがどれだけ、気安く生きることの邪魔をしたか。反発しなくてすむなら、就活にも反発なんかしないで、自分の力をもっともっと試してみたかった。いま、紆余曲折経て、すっと受け入れられることが増えて、それはすなおにうれしいことだと思う。この世界で現実的に生きて、誰かの人生とかかわることを欲しているから。そういう気持ち(や、大学を卒業しなければならないという揺るぎない現実)があって、たぶん私は「社会化」される向きに変わったんだろうな。

いまになって、人生に完成形とかゴールがないことを強く感じる。ひとつ夢があったとして、それが叶った瞬間だって、違う位相にある夢はまだまだ、なんてこといくらでもある。
気づくのにずいぶん時間がかかったけど、あたらしくスタートラインを引いた気分だ。また一年、時間の流れに棹ささず、流されず、生きていきます。